50年後に

50年後って、私は113歳。

生きていないと思います。

そこまでは無理でしょうし、いくらこの世に未練があっても、痛みのある体を抱えて生きたくない。

93歳の父親と話していると、50年後にはひと財産になるなんて話になりました。

金額は聞いていませんし、本当のことかどうかも怪しいです。

私も子供の頃は、手伝ったことがありますし両親が忙しいので家事は私の担当。

お風呂を沸かしたり、晩御飯や日曜日には昼食作りも。

家族みんなで行っていたことが、50年後にひと財産になると言われてもねぇ??

弟もおそらく天国。

孫の世代でも怪しい。

50年後が今と同じような世の中の仕組みだとすれば、孫の老後に役立つかも知れません。

弟は私と歳も離れているし、学業・スポーツと忙しかったので家業を手伝っていなかったと思います。

当時の私は、男の子は家事を手伝わなくていいなあ〜〜と羨ましかった。

それでも皆、人生思うようにはいきません。

紆余曲折あります。

弟も娘もいろいろあります。

成りたくてなった病気でも人生でもありません。

それでも生きるって、大変。

そして、心まで病気にならないで欲しいと願いますし、本人もそう成りたくないと言っていました。

けれど、やはりそれは難しい。

本人はなってないつもりでも、少しづつ違って来てる。

それが自然なのだと思う。

私も年寄り病の淋しい淋しい病になっています。

どうにか抜け出したいと、あがきます。

ブログには詳しいことを書けず、これが精一杯。

自分の心はまだまだ曇り空の中、雲から抜け出せる日はなさそうです。

時々豪雨もあります、ありました。

青空を見たいけれど、無理みたい。

ここまで、自分で読み返すと何故こんなことを書いたんだろう、書いても何も変わらないのにと・・・・

 

今日の父は、声に張りがなくていつもと違う。

変でした。

少し心配です。

父も、もう来年1年が無理かも?などと言いました。

声だけですが、私も何かを感じました。

やっぱり、幾つになっても父親は父親。

我儘や泣き言を聞き、心配してくれるのは父だけ。

そんな父親の何かを感じました。

私が元気にしている、元気な声を聞くと安心だそうです。

そう、親は子供が元気に暮らしているのが一番嬉しい。

たわいのない話から、ひと財産の事まで話す時間を持て、今の正直な気持ちを書ける範囲で書きました。

 

書いたことで、少し小さな壁を乗り越えようと思います。

いつまでも踏みとどまっていても、変わらないし辛いだけ。

まだまだ大きな壁が立ちはだかると思います。おそらく私には乗り越えられないし壁も取り払われることはなさそう。

大きな壁とは対峙しても無理、さあ残りの人生どう生きましょう。

人をあてにせず、自分で歩く。

大きな壁です。

壁は諦めて別の道を進もうかな?

意志が弱いし、私には難題です。

今年も残り1週間。

平成の最後に、嫌な思いは置いて行けるといい。

新しい年は、少し違う自分が作れると良いのですが。

書きたいだけ書いて、ここに置き去りにします。

心の内を書いても堂々巡り。

何がなんだかわからない記事を、最後までお読みくださりありがとうございます。

今日はこの辺で。

 

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