先日口腔外科で手術を受けた、総合病院からの着信履歴があります。
切除した白いブヨブヨは病理検査にまわしたので、何か有ったのかとビクビクしながら掛けなおしました。
検査結果が出るのは来週のはず。
急いで連絡すべき事が出来たって、良いことではなさそう。
本当にドキドキ、ビクビクです。
体にメスを入れたのは、今回の小さなものまで入れると5回。
腰の手術は3回で、ボロボロです。
命に影響がある病気では無いけれど、腰って日々の生活に影響があり長生きしたく無いなあ!と思っています。
そう思っていたはずですが、
「腫瘍は綺麗なので悪性では無いと思う」病理検査は念の為。
手術した病院でも、翌日消毒してもらった近くのかかりつけ歯科医にも、安心してと言われています。
自分でもさほど心配はしていません。
しかし、あまり言われると、
言われれば言われる程、不安になります。
悪い腰を抱えて生きていくのも、高齢になればなるほど辛いことでしょう。
長生きしたく無いと思い、覚悟は出来ているはず。
ところが、いざ病院からの着信履歴に不安を覚えました。
覚悟なんて、うわべだけだったのね
と、思い知りました。
結局、口腔外科外来からの電話ではなく、
患者サポートセンターの事務から。
えっ、何?なに?と少し不安。
その次の言葉が
「掛け間違えました」
でした。
今回は、掛け間違いの電話でしたが、これからはいつ病気が表面化されるかわからない年齢です。
今年は、65歳になります。
胃瘻や人工呼吸器装着など、延命治療は受けたく無いとはっきり自分の気持ちが見えてきました。
少し前までは、治療して腰ももっと元気になれる。痛みが取れると思っていましたが、そこそこで妥協し受け入れるしか無い事を身を持って体験済み。
手術を繰り返し、ボルトが増え、体の制限が増える。
ヘルパーさんが必要になる。
ここまでは今の自分の身体から想像できます。
そのほか一般的な、物忘れ・痴呆・膝や肘の痛さ・耳も聞こえにくく・歯も使えず、飲み込みにくくなる。そんな風に老化が忍び寄りのでしょう。
初めて歩む、老化の道のり。
普通に考えると絶望的です。
それでも生きていくしかない。そんな辛さを高齢者と話して感じます。
でも与えられた寿命は、楽しいことを考えて生きていくしかなさそう。
そうそう、こんな言葉も見かけました。
「眠る門には福きたる」
良質な睡眠、簡単そうで難しい。
睡眠、重要ですよね。