「橋田寿賀子」さんが、 「体は老いたとしても心は老いたくない、その為には好奇心を持つ事」だと。
幾つになってもお元気で活動されている方は、好奇心旺盛な為か見た目も感性もお若いと思います。
そして、少し話は違うかもしれませんが、私の娘の言葉で心に響いている言葉があります。
娘は、5年前から神経の病気で体が不自由となり車椅子生活を送っている障害者です。 「心まで障害者になりたくない」と言っていました。 娘は下半身は自分の意思で動かす事ができないので、全く立つ事すらできません。 そんな娘が空港で搭乗の介助をお願いした時に、立てますか?と聞かれ、当時の私たちは戸惑いを隠せませんでした。 立てないから車椅子じゃないの?と しかし、違っていました。
高齢者を含めて世の中の大部分の方は多少は立てたり、片側が不自由な人の方が多いです。 障害者や介助者にとって、立てるか立てないか、片麻痺か全部かで出来る事が全く違ってきます。 娘は、下半身完全麻痺と、手も少し不自由なのでお箸を使う事もできませんが、 「心まで障害者になりたくない」と、 親バカですが、そんな娘を心から尊敬しています。
パラリンピックで活躍された選手の方々は、おそらくご自分の事を障害者とは思っておられないのではと思います。 できない事もあるけれど、その様な個性ととらえておられるのではないでしょうか。
以前娘が指導を受けていた障害者水泳のコーチから、お聞きした話しですが、 高齢者が、「あっちが痛い、こっちが痛いから出来ないと言われるけれど、障害者は痛みを抑える薬を飲みながら治らない病気と闘い、それでもスポーツを続けている人もいるのですよ。こう話すと殆どの高齢者が黙ってしまわれる」そうです。
私も介助者として障害者スポーツに同行した事がありますが、その時のメンバー50代の男性の言葉ですが、「何だかんだあってもこうして試合に参加できる事は幸せなのだ」と そうですよね、上を見ればキリがありませんが自分の考え方次第で、前向きになれ幸せと感じる事ができます。
私もあちこち痛いですが、立てます。歩けます。 難しい動作があるので、その為に筋や筋肉が張ったり痺れが出たり、しかし少し休めばできます。
多少体が不自由になっても、現実を受け止め心が老いないよう好奇心を持って前を向いて、後悔しない生きかた。 そんな生き方が理想です。 時々は弱音も吐いてしまいます。 強くばかりではいられません。
でも弱音を吐ける人、場所があれば、たまには自分にご褒美も与えて。 人生先の事はわかりません。 おびえていても始まらない。楽しくもない。 少しでも多く楽しむ方が幸せです。